「承和の秘方」を復元

承和の御いましめの二つの方
「大臣は、寝殿に離れおはしまして、承和(じょうわ)の御いましめの二つの方を、いかでか御耳には伝へたまひけむ、心にしめて合はせたまふ。」
これは『源氏物語』梅枝の帖の一節です。現代語訳しますと「大臣(太政大臣の光源氏)は、寝殿へと離れていらっしゃるのですが、承和の帝(仁明天皇)の御秘伝の二つの調合法を、どのようにして聞き伝えなさったのでしょうか。ご熱心に薫物をお作りになっています。」というところでしょうか。
この二つの秘方とは「坎方(かんぽう)」と「拾遺(しゅうい)」のことです。
では、なぜ「いかでか御耳には伝へたまひけむ」と疑問を呈しているのでしょうか。
『源氏物語』の解説書として四辻善成(よつつじよしなり、嘉暦元年:1326~応永9年:1402)が著した大篇『河海抄(かかいしょう)』(正平17年、1362頃成立)には「此両種方不伝男耳是承和仰事也。延喜六年二月三日。故典侍滋野直子(9世紀に光孝天皇の更衣)朝臣献方也。」と記されています。
すなわち、この二つの方は「不伝男耳是承和仰事也」、男子に聞き伝えてはならないのは承和帝の仰せ、「承和の御いましめ」となっているにもかかわらず、光源氏がそれを知っていたからに他なりません。
承和の秘方の復元
薫物の要香(かなめこう)である沈の、その最高級品である伽羅(きゃら)の、その中でも最高の香りを放つ物を入手したことから承和の秘方に挑み、平成18年5月3日、「坎方」と「拾遺」の二種を復元しました。
同月28日、三渓園横笛庵(横浜)で開催の「荷葉の合せ」において、まず「坎方」を披露致しました。
600年前に廃れた占唐が、正しくは「拾遺」に入るため、この承和の秘方二種を復元したのも私どもが最初であると確信しています。
その素晴らしい薫香を多くの皆様に知っていただきたいと願わずにはいられません。